奈良時代の養老年間(720年頃)に、既に鉱山として歴史に登場し、室町・安土桃山・江戸とその時代毎に統治者を替えながら、営々と鉱物資源の採掘が行われてきました。
時代が代わり、1874年(明治7)、三井組が近代的な鉱山経営を開始しました。2001年6月、鉱石の採掘を中止するまで、実に130年間、近代化を歩む日本にあって亜鉛・鉛資源の安定供給に貢献してきた“鉱山(やま)”なのです。

神岡鉱山は、単に資源を有したというだけでなく、他の国内鉱山に先駆けた数々の採掘技術が確立され実践されてきた鉱山でもあるのです。
トロッコ等の軌道 を使用せず坑道を全て斜坑でつなげたトラックレスマイニングや、採掘における大型重機等の技術を採用した鉱山は国内で神岡が初めてでした。
これにより、大型重機が坑内を縦横無尽に移動し、作業担当を専門化(クルーシステム)して高度な生産性を実現していました。
1975年以降、国内鉱山が相次いで閉山する厳しい時代を迎えてもなお、神岡鉱山が安定的に操業を続けてこられたのは、そのような実績があったからなのです。
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