奥飛騨だより

富山城

2015年10月号

 さわやかな秋晴れの日々が続くこの頃、いかがお過ごしでしょうか。今回は北陸新幹線の停車駅である富山駅から徒歩5分で行ける富山城をご紹介致します。

富山駅

富山駅

富山城址公園

富山城址公園

 富山城は、1543年ころ越中・守護代であった神保長職(じんぼうながもと)が築城したとされます。戦国時代は厳冬の北アルプスを越えた(さらさら越え)ことでも有名な佐々成政が城主となり加賀一向一揆、越後の上杉景勝に対する織田家の最前線でした。成政が秀吉に敗れた後は加賀百万石・前田家の分家(富山藩10万石)として越中売薬、ます寿司などを生み出し富山前田氏13代の居城として明治に至りました。 明治6年、廃藩置県に伴い廃城となりその後、解体と同時に新たな街並みへと富山市中心は生まれ変わって行きました。昭和29年に戦災復興のシンボルとして鉄筋コンクリート構造による模擬天守閣が建てられ現在に至ります。
 現在は富山市のシンボルとして緑豊かな公園(富山城址公園)に整備され地元の皆さんも多く訪れる憩いの場になっています。花見スポットとしても有名で、春にはお濠の水面に満開の桜が映し出され、多くの見物客で賑わいます。また4月上旬に富山城周辺では全国チンドンコンクールが行われ全国から約30組100名近くのチンドンマンが集結し、ど派手な衣装、太鼓や三味線などの音色が鳴り響きます。
園内には郷土博物館(天守閣内部)、佐藤記念美術館があり富山の歴史文化に触れることもできます。

郷土博物館

郷土博物館

佐藤記念美術館

佐藤記念美術館

 郷土博物館では戦国時代に築城されてから明治時代以降の城址の変遷に至るまで、400年以上にわたる富山城の歴史を詳しく紹介されています。佐藤記念美術館は富山県砺波市出身の実業家であり茶人でもあった、故佐藤助九郎氏が中心となり、昭和36年9月に(財)佐藤美術館として開館しました。館内には展示室のほかに、佐藤家より「助庵」「柳汀庵」の2席の茶室とともに、総桧造りの書院座敷が移築されています。
 今回この記事を書くに当たり初めて富山城に訪れ分かったことなのですが、富山城は明治の作曲家「滝廉太郎」が作曲した「荒城の月」のモデルになったうちの1つと言われているそうです。お恥ずかしい話、私は荒城の月を聴いたことがありませんでした。「聴(聞)くは一時の恥、聴(聞)かぬは一生の恥」ということわざがあるように帰宅後すぐに聴いてみたところ、寂しい印象を持ちました。歌詞の訳を調べてみると城の持っている栄枯盛衰の歴史と、それを見つめている月の普遍性が対照的に描かれておりとても深い歌詞でした。次回、富山城を訪れる際は夜に月と一緒に眺めたいものです。

滝廉太郎像

滝廉太郎像

荒城の月の一節

荒城の月の一節

 また、今回は挑戦できませんでしたが、城址公園内・富山市役所側角より松川遊覧船が出ており、船長がガイドを行い、松川にかかる由来のある7つの橋をめぐるコースもございますので富山城に来られる機会がありましたら併せておたのしみ下さい。

遊覧船

遊覧船

神通川遊覧船橋跡

神通川遊覧船橋跡

■富山市郷土博物館
http://www.city.toyama.toyama.jp/etc/muse/index.html
■松川遊覧船
http://www.goodlucktoyama.jp/yuuran/

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